小6児童の自殺に想うこと
2ヶ月前、東京の板橋区の小学校で小学校6年生の
児童が飛び降り自殺をしたという問題がありました。
どうやらその以前にも自殺をほのめかす兆候があった
らしいのですね。
気づいてあげられなかった周囲の大人たちのことを
思うと、歯がゆくて仕方ありません。
自殺をするという是非はこころ論ずることはできませんが、
自殺を考えなければならないくらい苦しんでいるのは
紛れもない事実です。
ましてや世の中のあらゆる事象において、
抵抗力のまだ持ち合わせていない子ども。
苦しんでいる子どもがいたときには、
手を差し伸べてあげなければなりません。
その前の、周りの大人が気づいてあげなければなりませんね。
その子の周囲の大人ができなければ誰ができる
というのでしょうか。
親であり教師であり地域の大人であり。
そのような方たちが気づいてあげることが大事なんだと思います。
どうやら教育委員会の方によると、
「活発で明るい子で、思い悩んでいる様子はなかったから
問題視しなかった」
と言ってるようですね。
その子は自殺をする前の学校のテストやアンケートで、
“もう駄目かと思ったら自殺する”・“(将来は)死んでいる”
という内容のものを書いていたそうです。
これで気づけない大人がいるというのは、
驚きを隠せませんでした。
なんともやりきれない気持ちです。
全員が全員、その悩みや苦しさに気づいてあげるということは
不可能でしょうが、自分の周りでは関係のない話であるという
認識は捨ててほしいものですね。
相手が子どもだけではありません。
成人した大人だって同様です。
悩んでたり苦しんでいたりする人がいたら、
またそのような兆候があるのではないかと
ぜひとも感じ取ってあげてほしいと思います。
自分から助けを求めていくというのが一番なんでしょうけども、
それができないから深く悩んでしまっているということ
でしょうしね。
周囲の人が気づいてあげ、そして手を差し伸べることが
大事なんだと思います。
確か以前にも同様の趣旨の内容を書いたと思うのですが、
大事なことは何回も繰り返してもし過ぎることはないですからね。
“関係ない話”で済ますことのないよう、
よく受け止めなければならない問題だと思います。





